朝3
教室に着くと教室には既に殆どのクラスメイトが揃っている。
入り口付近で雑談をしているクラスメイトたちと挨拶を交わしながら私は教室中央の列にある自分の席を目指す。
席に着くと後ろの席の男子に声をかけられる。
クリクリと可愛い目をした男の子だ。野球部に入っているらしく肌は黒く焼けている。
「おはよう!この間はありがとう」
何の事だろう?と考えていると付け加えて彼は言う。
「ほら、シャープペン!俺が筆箱忘れて困ってるとき貸してくれたでしょ?」
それを聞いて思い出す。
「ああ、なんかすごく困ってそうだったからいてもたってもいられなくって」
「ええ~そんなに俺焦ってた?うわなんかダセぇ…恥ずかしい」
落ち着かない様子の彼を見ているとかわいいな憎めないなと思った。
話しやすい彼が後ろの席でラッキーだったなと自らの幸運を確かめていると
担任が
「HRはじめるぞ~」
と言いながら現われた。
朝
やかましい目覚まし時計を乱暴に黙らせ目を覚ます。
ちょっと力んでパチりと目を見開くと天井の模様が見える。
果たして今日という1日を始めるべきか否か…
まだ起きたくはないのだけれど時間に余裕もないし仕方がない。
カーテンを開けると薄暗い部屋がパッと明るくなる。朝の日差しで強制的に身体にエンジンをかける。
外からは鳥の鳴き声が聞こえる。苦手な朝の数少ない好きな音。
階段を降りて1階の洗面台に向かう。冷たい水で顔を洗う。
ここまで来ると意識が鮮明になってくる。
歯を磨き、寝癖を直し、着替えるとすぐに家を出る。
朝ご飯は食べる気がしなくていつも抜いている。別にダイエットとかではない。
家を出てすぐに左に曲がり通り沿いを真っ直ぐ歩いて行く。
神社の横を通り過ぎ少し歩くと幼なじみの家がある。
インターホンを鳴らすと大抵弟が出てきて軽く会釈したかと思うと静かに兄を呼びに行く。
玄関に腰掛けぼーっと待つこと数分彼が準備を整えやってくる。
彼と合流するとそのまま2人で歩き始める。
道中で言葉を交わすことはあまりない。
ただ黙々と歩く。何か喋らなければと沈黙を気まずく思う気持ちは湧いてこない。
ただなんとなくこうして2人で通学路を歩くことが自然だからそうしている。
純文学作品1 三三七拍子
引退した父親の後を継いで小さなクリニックを営んでいる小男の元に今日も患者が訪れる
次の方診察室にどうぞ
声がかかると診察室のドアを開いて静かに現われた彼女はまだ若い小柄な女性だった
どうされましたか?
訊ねると彼女は今にも消えてしまいそうな声で答えた
私…おかしいんです…
何か身体に異変を感じるということでしょうか?
はい…手が…どうしようもなくって…
どうしようもないとはどういうことなのだろう?男はとりあえず彼女の手を見る
では、少し手を見させて頂きますね?両手を出して下さい
差し出された両手を見ると手のひらが少し赤く腫れているように見える
最近何か手をぶつけたり挟んだりしましたか?痛みが気になるようでしたらお薬も出しますが
いえ…違うんです…怪我とかそういうのではなくて…
ダメなんです…私止めようとしてもどうしても私ダメなんです!
そう言いながら彼女の身体が細かく震え、声も余裕が無くなっていく
カチャカチャカチャボールペンをノックする音が病室に響く
次の瞬間彼女の両腕が勢いよくあがり一定のリズムが刻まれる
パンパンパン!パンパンパン!パンパンパンパンパンパンパン!
パンパンパン!パンパンパン!パンパンパンパンパンパンパン!
さっきまで不安で潰れてしまいそうな様子だった彼女は恍惚な表情を浮かべながら一心不乱に手拍子を続けている
目の前の異常な光景に混乱しながらも男は呼びかける
どうなさったんですか!大丈夫ですか!
ダメだ声が聞こえていない
彼女の手は止まらない
刻み続けられる一定のリズム
パンパンパン!パンパンパン!パンパンパンパンパンパンパン!
それに呼応するように重なるもう一つの音
カチャカチャカチャ!カチャカチャカチャ!カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ!
事務員の女性も彼女の手拍子につられるようにボールペンをノックしはじめる
パンパンパン!カチャカチャカチャ!
音、音、音、音、音、音
男は段々と自分の心臓の高鳴りを感じる
額は汗ばみ息も荒くなる
内から湧き出る衝動が止まらない
一体自分はどうなってしまったんだ?分からない
ただあるのは強烈に引きつけられる引力
抑えられない欲求のままについに男は立ち上がると両手を胸の前に構え我を忘れて叩き出す
パンパンパン!パンパンパン!パンパンパンパンパンパンパン!
抑え込まれていたもの全てが弾け飛んだ
もう何もかもどうでもよい
ただこのリズムに身を預けて流されていきたい
三三七拍子のリズムに合わせて重なり混ざり合いひとつに溶けていく
パンパンパンカチャカチャカチャパンパンカチャカチャパンカチャパン
パンパンパンパンパンパン
いつまでもいつまでも繰り返される音だけが規則正しくクリニックに響き続けた
法
会話 ありがとう
いつも同じおじちゃんが郵便を届けてくれる
ありがとうございますと受けとるだけだったのに
何度も顔を会わせるうちにおじちゃんから親しげに話しかけて来るようになって一言二言言葉を交わして去っていく
こういう人間と人間のやり取りだけが救いなのだと思う