昔話

小さな国の王は民の暮らしがよりよくなることを何よりも望んでいました。

この国の人々は肥沃な大地と綺麗な水の恩恵を受け自然の中で暮らしていました。

いつまでもこの平穏な暮らしができたならどれ程良かったことでしょう。

近隣の大国が大陸統一の足がかりとしてこの国を侵略するという不吉な噂が囁かれるようになりました。

民の暮らしを守るために王様は頭を抱えました。

このままではこの国が滅んでしまう。国を守るために戦うとしても圧倒的な兵力を誇る大国相手に勝ち目はなくいたずらに死者を出してしまう。

考えた末王は決意しました。この国を守るために戦うことはやめよう。

争わずできるだけ高くこの国を大国へと売りつけてやろう。

最も民の暮らしが守られる方法を探ろう。

 

進軍の拠点として豊かな大地を持つこの土地は有用な補給地点となる。

もしこの土地が戦場となれば大国はそれを失うこととなる。

そうなれば大国の進軍は後れを取ることとなり、敵対するもう一つの大国がその間に力を蓄え情勢は悪化するだろう。

王はできる限りの交渉材料を考えました。

しかしながら国の中には王の方針を良く思わない勢力がありました。

王は売国奴である。命を賭して国の存亡のために戦うべきだ!という声が日に日に強くなっていきました。彼らもまた国を思う気持ちから主張したのです。

それでも王は考えを改めようとはしませんでした。

大切なのはこの国を生きる人々の暮らしが豊かであること。

暮らす土地の名が変わろうと所属する国が変わろうと人々がこの豊かな自然の中で生きていけるのであればそれが王の望むところだったのです。

小国が大国の占領下となり、その名を奪われたならばこの地は世界から消滅してしまう。そのような思い込みが邪魔をして人々は王の考えを受け入れることができませんでした。結局王は誰よりも民の暮らしを思いながら、その民に理解されることなく反対派の行動は次第にエスカレートしていきました。そしてそれが極限まで加熱していたのです。強硬派の反対者達は大国へと交渉に行く王を道中で襲い、殺害してしまいました。

そうして大国へと戦線布告をした小国は国を守るために戦いました。そこに正義があると信じて。

王と民のすれ違いの果てに残されたのは赤い大地だけでした。

そこにはもう、かつての豊かな自然の面影はありませんでした。